落語本蒐集四十年11◎昭和期の珍しい落語本二冊

落語本蒐集四十年 11  岡田則夫           

◎昭和期の珍しい落語本二冊
 昭和期に発行された落語本の中で、いざ探すとなるとなかなか見つからない本が二冊ある。柳家権太楼の『新作お伽落語集・子供の時間』と柳家つばめの『落語やろー』である。ほかにも最近見かけない本はたくさんあるが、私の経験からいうと、この二冊が昭和期の落語本完全収集の道への最難関ではないかと思う。とにかく少ない。
 『子供の時間』は、東京上大崎の大道書房発行。四六版二六〇ページ。同出版社から同じ年に出た『ぐづり方教室』の続編で、目次に「柳家権太楼傑作落語集 第二集」と印刷されている。『ぐづり方教室』の方は重版(昭和17年3月、3版まで確認)もされ、よく見かけるのに『子供の時間』は四十数年間で一度しか見たことがないのである。この本は副題に「新作お伽落語集」とあるように子ども向けの落語集である。子ども向けの落語本は、昨今はいろいろ出版されているが、この当時としては新しい試みで、表記も子ども向けになっている。しかも昭和十六年十二月十五日発行といえば日米開戦直後である。軍国色が濃厚なこの時代に、よくこのような本が出たものだと思う。柳家権太楼は古典・新作の両刀使いで、とぼけた独特の口調と奇想天外なくすぐりで大変人気があった。この時代は柳家権太楼の人気絶頂期。「猫と金魚」などの猫シリーズが大人気で、放送やレコードで活躍した。昭和三十年二月八日没。
私は権太楼のナマの高座に接することには間に合わなかったが、残された百数十枚のレコードを聴くと、面白さは十分伝わってくる。彼は子ども向けの新作落語にも意欲を見せ、ラジオの「子供の時間」で放送したり、「おとしばなし」のタイトルで子ども向けの落語レコードも出している。書名はラジオの番組名からの命名だろう。本書では「おとしばなしのおじさん」と名乗っている。「大陸息子」「猫と電車」「清兵衛とお蕎麦」「田能久さん」など新作と児童向けに構成し直した古典落語合わせて十九篇が収さめられている。なお権太楼の本はほかに『負けない男』(昭和十八年、三亜書房)と『新作落語集』(昭和二十四年、新文庫社)がある。『新作落語集』は『新文庫』の小型付録本だが、これも最近見かけない本だ。
 さて、入手が難しいもう一冊の柳家つばめの『落語やろー』は昭和四十七年五月二十五日、名古屋の「どみに社」から発行された。定価百五十円。書名の『落語やろー』は「落語野郎」ではなく「落語をやろう」の意味である。つまり、これから落語をやってみようと思う人向けの手引書の内容となっている。演じるときの基本的な心構えの説明や素人がとりくみやすい小咄三十篇が写真入りで紹介されている。ほかに扇子や手拭の使い方、座布団の選び方、足をしびれさせない法などが、手のひら大の中綴じ九十六ページの可愛らしい小型本にコンパクトにまとめられている。編集もなかなか良心的である。この本は発行当時、池袋演芸場売店で見かけたが、いずれ買おうと思っているうち買い逃してしまった。しまったと思ったがあとの祭り。こういう小さな本はなくなると本当に探しにくいものである。古書展でも注意していたが、手にすることはなかった。こうして三十数年が過ぎた。ところが六年ほど前だったろうか、ほぼ同時期に藝古堂の棚にこの『落語やろー』と権太楼の『新作お伽落語集・子供の時間』の二冊が並んだのである。私はまさかと目を疑った。口の中がカラカラとなり、一瞬クロロホルムを嗅がされたように意識が朦朧となった。値段は『ぐづり方教室』の古書価の三冊分位。躊躇することなくありがたく分けてもらうことにしたのである。藝古堂主人は私に手渡すとき、少し哀しげな顔でにこりと笑った。私も笑った。
(「藝古堂」目録より)